春の目覚め

春の目覚め

末期ifゲヘナを生きる万魔殿の短編

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いつからだろうか。

笑顔の写真を撮る機会が減ったのは。

ゲヘナ自治区内で地上戦が始まった時だろうか。

ミレニアムへの奇襲のせいで対アビドス大同盟が瓦解した時だろうか。

マコト先輩がイブキちゃんを助けるために派遣した精鋭部隊がまとめて風紀委員長の『新兵器』のテストの餌食になった時だろうか。


それとも、イブキちゃんが『向こう』に行っちゃった時だろうか。


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戦況の悪化に伴い、私達は万魔殿議事堂の地下壕に司令室を置くことになった。

有事ということもあってか、風紀委員会もここに拠点を置いているので、定例会議は両方の幹部が参加する。

そして今日も始まった朝の定例会議。

ゲヘナ学園の全部隊を取りまとめているイロハちゃんが、中央区の地図に指を指しながら説明していく。

イロハ「アビドス風紀委員会は広範囲にわたって進軍中です。南の敵部隊はツォッセンを突破。北はパンコとフローナウの間に。そして東はリ

ヒテンベルク、カールスホストに進軍中です。」

言い終わったイロハちゃんは机から顔を上げ、マコト先輩を見る。

先輩の顔は在りし日の何倍も疲れが溜まっている顔つきになっていた。

一見怖そうな目つきは目の隈のせいでさらに怖そうになっているし、目でも悪くなったのかたまにメガネをかけるようになった。


こんなのマコト先輩らしくないが、仕方ない。


まだゲヘナでの地上戦が始まってから1ヶ月も経ってないのに、すでに中央区の郊外にアビドスの部隊は進軍している。

まともでいられる方がおかしいのだ。

いつの間にか開発されていた・・


「気化した『砂糖』を散布する装備」


おそらくミレニアムからアビドスに亡命した生徒達の共同開発であろうこれの威力は凄まじく、当初アビドス側の3倍以上の戦力だったはずの私達は、溶けるように逃げるしかなくなっていて、まともな戦闘をしようとすればいつの間にか部隊丸ごと向こうに寝返っている。

でも、そんなイロハちゃんの顔を見てもマコト先輩は一見冷静そうに指示を出す。

マコト「・・キキッ。イオリに第13大隊を預けた。あれが攻撃すればなんとかなるだろう。」

彼女の一言の後、沈黙が執務室を支配する。

イオリちゃんに預けてある第13大隊はガスマスクと、ゲルググのように遅すぎた量産型アバンギャルド君(有人)を配備した新造の部隊だ。

人員不足のせいで万魔殿と風紀委員会のニコイチ部隊だけど、多少の攻勢は望める。

それこそ、中央区に迫ったアビドスの部隊を後退させるくらいには。

イロハ「・・・先輩・・イオリは・・・」

ちょっと不安になってきたところに、サツキが少し申し訳なさそうな声で続ける。

サツキ「第13大隊は人が乏しくて・・その、攻撃は・・・・」

マコト「・・・・何ィ?!」

久しぶりに見た彼女の例の顔にカメラを向け、素早く撮る。

イブキちゃんが映ってなきゃ撮る気が起きないが、それだと撮るものがなくなってしまう。

あの頃を思い出せるものは、全部撮りたい。

私はそう思いながら画面を見つめていると、

いつの間にかマコト先輩は元の顔に戻っていた。

マコト「・・・チアキ、サツキ、イロハだけ残れ。」

ああ、これは荒れるな。

そう思いながらも、呼ばれたので残るしかない。

最後の議員が退出し、扉が閉められた。

マコト「どういうことだ!!攻撃すらできないほど人が足りないとはどういうことだ!!」

あの時までは、滅多に荒れることのなかったマコト先輩は、疲弊のあまり少し荒くなった。

『砂糖』の禁断症状の一つに、攻撃性の増大があるらしいが、それとは何かベクトルが違う。


これは多分、錯乱の類だ。


イブキちゃんを助けられないこと。

敗走に敗走を重ねていること。

シャーレの先生と一向に連絡が取れないこと。これらへの焦燥のあまり、錯乱しているのかもしれない。

マコト「ニコイチにして、動けるゲヘナ生を全員動員しているのに、人が足りないなんてあるのか・・??」

せっかくニコイチにしたのに足りないなんて信じられない。

だが、これがゲヘナの日常だ。

私は万魔殿書記として、プロパガンダ向けの新聞のために時折地下壕を出て色々な写真を撮って回っているが、戦車の共食い整備が当たり前のように起きていたり、ほとんど戦っていないはずなのに半分の人員が消し飛んだ部隊を見たり。

とにかく今のゲヘナ学園には、何もかもが足りない。装備も人も、そしてやる気も。

マコト「たかだか裏切ったのはヒナくらいだろう!!なぜ狼狽えているのだ!!!このマコト様が三日に一度前線の視察に向かっているのに、なぜ逃げるのだ!!大っ嫌いなのか?!」

イロハ「そのヒナが怖いからですよ」

マコト「ヒナなんて大っ嫌いだ!ああいたたバーカ!」

イロハ「嘆いても仕方ないです。」

マコト「畜生めぇー!!」

というように、イロハちゃんはピシャリと言い切ってているが、実のところ一番辛いのは彼女だろう。ついでに一番顔が疲れてるのも。

偵察時に虎丸ごとイブキちゃんを連れ去られ。

指揮を任された精鋭部隊は新兵器の餌食に。

おまけに1ヶ月足らずで議事堂目前に迫られている。

誰も責めてはいないが、イロハちゃんは自分自身を許せるのか。いや、許せないだろう。

同級生で、接してる時間が長いからよくわかる。

マコト「・・・よくよく考えたら戦車だったらあの散布攻撃に対応できたじゃないか!!」

机を何回も叩きながらそう叫ぶ。

いつもだったら禁断症状かな〜?とか煽る機会だが、もうそんなことは言えない。

マコト「戦車が足らんかったぁ・・!」

ようやく落ち着いたのか、力なく椅子に座った。

彼女のそんな様子を見て、私はフォローを試みる。

チアキ「大丈夫ですよ先輩!いつもの諜報と裏工作を活かせばまだイブキちゃんを取り返せるチャンスはあるかもしれませんし、それに督戦隊作ったばっかじゃないですか〜!まだ頑張れますから、諦めちゃだめですよ!」

とにかく鼓舞する。

在りし日の時に太鼓持ちをした時よりもさらに。

すると、あの暗かったマコト先輩の顔に少しだけ笑みが戻った。

マコト「・・ククッ・・・。そうだな!チアキ、お前の言う通りだ!諦めなければなんとかなる!キキキ・・・ハハハハハハハ!!!」

よかった、あの頃のような笑顔に戻った。

すかさず写真を撮る。

マコト「おいチアキ・・・はいチーズくらい言ってくれ・・・」

すると、イロハちゃんは私とマコト先輩を交互に見る。

そしてはぁ・・・・と大きくため息をつく。

しかしその顔は疲れた顔ではない。

3ヶ月ぶりくらいにイロハちゃんの笑顔を見た気がする。

イロハ「・・・・そうですね。諦めたらそこで終了ですしね」

サツキ「・・・そうね!私のNKウルトラ計画用陸戦隊もまだ戦えるし、またゲヘナには4000人近くの生徒と30万を超えるオートマタ、そしてレッドウィンターからの援軍がいるもの!ね、マコトちゃん!」


・・・・どうやら暗闇に急に光が灯ったかのように皆が明るくなり出した。

こんなに明るいのは、イブキちゃんが発売日に新作のお菓子を食べた時以来かもしれない。


マコト「キキキ・・さて!行くぞ!イオリの部隊に強攻を指示しなければならんし、もう一回各部隊を視察をしてこのマコト様の威厳を胸に前進するよう言わなければな!」

そう言って立ち上がるマコト先輩を見て、私も重要な仕事を思い出した。

チアキ「先輩!写真とりましょう!ほら、地下壕に来てからまだ一回も集合写真撮ってないですし、明日の万魔殿新聞にも載せるネタになります!」

一瞬ぽかんとしたが、すぐに同意するマコト先輩。

マコト「・・キキッ。そうだな。ゲヘナの有権者にもこのマコト様の健在を知らしめ、万魔殿がどこかの風紀委員とは違い真面目にゲヘナを守っている事を知らしめねばな!!!」

そういうとどっかりと椅子に座る。

ちなみにこの椅子は議事堂から持ってきた大切な椅子。

サツキ「ちょっと待ってて、髪直してくるわ。」

イロハ「ライオンマル連れてきます。」

2人もそう言いながら退出する。

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私は三脚の上にカメラを乗せ、ピントを合わせてゆく。

このカメラはいつも使ってるものじゃない。

式典専用の一眼レフだ。

チアキ「マコト先輩!ライオンマルを膝の上あたりに置いて!」

マコト「・・こうか?」

ライオンマルを膝に置き、顔だけ出させるマコト先輩。重度の猫アレルギーだけれど、それでも世話をするその姿にはゲヘナ的優しさを感じる。

チアキ「サツキ先輩もうちょい右!イロハちゃんはそのまま!」

この1、2ヶ月で学んだことは、必ずしも日常がずっと続くということはありえないということ。

どうせなら、一枚一枚、見るたびにその思い出が頭に蘇ってくる、最高の写真にしたい。

そう思い、私は黄金の位置を目指す。

マコト先輩の背後。額縁に飾ってある「5人」の似顔絵ももちろん映るように。

そして私達の笑顔がしっかりと映るように。

タイマーは6秒。

チアキ「それじゃ、撮りますよ〜!!」

ボタンを押し、すぐにサツキ先輩の隣に移動する。

あの時のように透き通った笑顔をを浮かべる4人の写真を、一眼レフは確実に収めた。


この写真が逃避の象徴となるか、あるいは希望の象徴となるかはわからない。

だが、今はただ、毎日に感謝を。

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